梅 園

| 熱海梅園の歴史概要 |
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本園は、市街地西側のゆるやかな山間に位置し、三方を熱函道路などの主要道路に囲まれた34,394平方メートルの都市公園であり、園の歴史は古く横浜の豪商茂木惣兵衛が、明治19年(1886年)に2.5ha開いたのが始まりで100年以上の歴史を持っています。 また、開設2年後の明治21年に皇室に献納され皇室財産となり、熱海第二御料地・第三御料地に編入されるなどの変遷を経て、昭和22年(1947年)に宮内省から皇室財産税として、物納され国有財産となりました。 市(当時は町)では、この園を昭和6年から昭和35年まで約29年間直接管理し、その保護に努めてきました。その間の昭和29年にこの園を風致公園として都市計画決定し、国に払下げの申請をし、昭和35年10月に熱海国際観光温泉文化都市建設法(昭和25年8月公布)により、大蔵省より熱海市に無償で払下げられました。 それ以後園内整備をおこない昭和41年4月1日に開設し、日本一早咲きの梅、日本一遅い紅葉の名所としても全国にその名を知られています。 平成12年9月23日、当時の森善朗内閣総理大臣と大韓民国の金大中大統領の日韓首脳会談が熱海で行われ、翌日、両首脳が梅園内を散策し歓談された。それを記念し、平成14年8月29日大韓民国の伝統的様式と手法を取り入れた庭園が完成しました。 平成18年に韓国庭園の奥に足湯が完成し、梅まつり、もみじまつり期間中は来園者の足休めとして喜ばれています。 また、平成19年より、篤志家による寄附工事により、約120年ぶりのリニューアルを行ない早咲きの梅を増やし、園内も明るく歩きやすくなり、モミジにも整備が行なわれました。 平成21年11月には、隣接する澤田政廣記念美術館と梅園とを結ぶ「梅園橋(うめぞのばし)」が完成し、正面入口も整備され、装いも新たな梅園として生まれ変わりました。 |
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梅園内には樹木の他、五橋・句碑・記念碑・記念館などがあります。 |
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平成21年11月に連絡橋である「梅園橋(うめぞのばし)」が完成しました。それにより、「澤田政廣記念美術館」への行き来が容易になりました。同橋からは、梅園を一望することが出来ます。
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梅 園 橋 |
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梅園の名所、名勝、名木 | |||||||||||||
| 梅園五橋 | 1 漸 佳(ざんか) 2 迎 月(げいげつ) 3 雙 眉(そうび) 4 駐 杖(ちゅうじょう) 5 香 浮(こうふ) | ||||||||||||
| 梅園名木 |
1 三ツ子樟(みつごくす) 2 腰掛欅(こしかけけやき) | ||||||||||||
| 句 碑 |
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| 記 念 碑 |
1 茂木氏梅園記の碑 2 新修山神祠碑 3 やすらぎの塔 | ||||||||||||
韓国庭園
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2000年9月23日、森喜朗内閣総理大臣と金大中大統領による日韓首脳会談が熱海で行われました。 |
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韓国庭園は日本の庭園のように限定された空間で完結するスタイルを取らず、自然景観の結びつきを大事につくられ、庭園空間を「内庭」とし、それを支える外部の空間を「外庭」として空間構成されています。 |
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韓国古建築専門家の安聲浩(アン・スンホー)氏監修のもと韓国建築関係者の手によって建築され、「堂」 「大門」「塀瓦」等は、韓国の材料を使用しています。 この庭園は2002年8月28日完成式典を行ない、 オープンしました。 |
梅、新緑、紅葉など四季を通してお楽しみいただけます。
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